福岡県立城南高等学校

学校生活・行事

   ホーム  >  学校生活・行事 [ 卒業式 ]

令和3年度  福岡県立城南高等学校  第56回卒業証書授与式


第56期生 学年団(正・副担任教職員)

  



校 長 式 辞







 

 

雲の隙間から差し込む穏やかな春の光が、油山の濃みどりを映し出し、柔らかな風と、小鳥の囀りが新しい季節を告げようとする今日の佳き日、福岡県立城南高等学校卒業証書授与式を挙行するにあたり、ご家族のご列席のもと、福岡県教育委員会をはじめ、ご来賓の方々のご臨席を賜り、立派に成長した若者たちの旅立ちを、共に祝福できますことは、卒業生はもとより、本校教職員一同にとりまして、誠に喜ばしく、心から感謝申し上げます。

ただ今、卒業証書を授与されました三百八十六名の生徒諸君、卒業おめでとう。自らの強い意志で城南高校の門をくぐり、巡り会えた誠実な友たちと、共に過ごした高校での日々。「ドリカムプラン」とは何か、「ドリカムマインドを持つ」とはどういう意味か。様々な観点から、城南生のあり方を問われ続けて過ごした濃密で特別な時間。その一方で、ありふれた学校生活の繰り返しが織りなす何気ない日常の風景。その記憶一つ一つが、今懐かしい思い出として脳裏をかけ巡っていることでしょう。

そして、保護者の皆様に、心からお祝いを申し上げます。眩しい程に成長し、本日、高校生活最高の瞬間である晴れの卒業式を迎えたお子様の姿を目にして、感無量のことと存じます。三年間の長きにわたり、本校の教育活動に、ご支援・ご協力を賜りましたことに、深く感謝を申し上げます。そして、三年前お預かりしました大切なお子様を、本校の教育を信じていただいた感謝の気持ちを添えて、本日ここにお返しいたします。

 

さて、樹々が芽吹き、冬眠していた生き物も目覚めて、春の躍動を感じ始めるこの季節、改めて万物の生命の不思議に思いが及びます。「生きている」とは何か。「生命」とは何か。

本日は、この根源的な問を巡る「命の旅」に皆さんをご案内します。まず、二人の科学者がこの問に挑んでいます。一人は、オーストリア出身の物理学者エルヴィン・シュレーディンガーです。量子力学の思考実験「シュレーディンガーの猫」で知られる理論物理学者ですが、その著書『What is life?(生命とは何か)』で、量子力学的視点から生命の謎に切り込んでいます。「生物は負のエントロピーを食べて生きている」という衝撃的な言葉が、多くの優秀な科学者たちを生物学の世界へ導き、やがて分子生物学という新しい学問分野を誕生させます。熱いコーヒーは必ず冷めて、最後は室温と同じ温度になるが、勝手に熱くなることは決してない。これは宇宙の全ての物質の状態を支配する、熱力学第2法則のエントロピー増大の原理です。つまり、万物は、全てが混ざり合った状態、言い換えると、混沌・無秩序へと向かっていきます。しかし、生物だけは、エントロピーを溜め込まず、秩序の方向へ進んでいきます。それを「負のエントロピーを食べて生きている」と表現しています。シュレーディンガーは、「生命とは何か」という壮大な問を立て、生命が、宇宙の法則に逆行する、たとえていうなら、冷めたコーヒーが勝手に熱くなるような、いかに不思議なものか、ということを示しています。

もう一人は、2001年のノーベル生理学・医学賞受賞者、イギリスの生物学者ポール・ナースです。生物学についてのシュレーディンガーの問に答えるかのように、同名の著書『What is life?(生命とは何か)』を出版しています。「生物」であることの要件は、次の三つです。「遺伝」と「タンパク質」と「細胞膜」。「遺伝」の要件とは、生命の設計図である遺伝子に書き込まれた情報をもとに、自己複製を行うことです。「タンパク質」の要件とは、遺伝情報をもとに、タンパク質が合成され、化学的代謝を利用して、自らを維持・成長・再生させることです。「細胞膜」の要件とは、一連の働きをする機能が、物理的に外部と隔離された膜状の入れ物に入っていることです。これら三つの要件は、一つ欠けても駄目で、全てが揃ってはじめて、「生きている」と認められます。

ところで、皆さんを苦しめた新型コロナウイルスは、「生きている」のでしょうか。結論からいえば、YESでもあり、NOでもあります。先ほどの定義によれば、ウイルス単体としては、「遺伝」と「細胞膜」の要件は整っていますが、「タンパク質」の要件は満たしていません。ですから、ドアノブについたコロナウイルスは増殖することはないので、「生きている」とは言えません。しかし、人間の手を介して体内に入り込むと、人の細胞のタンパク質を利用して、恐ろしい勢いで自己複製を図り、呼吸器や消化器を通して、数百倍もの複製ウイルスが外に放出されます。活性化しているこの状態は、「生きている」と言えます。

ちなみに、感染防止対策を先ほどの要件に当てはめてみると、「遺伝」による複製を妨害するものが、ワクチンや治療薬。「タンパク質」の供給を妨げることに主眼を置いたものが、マスクの着用、手洗い、密の回避。そして、「細胞膜」の破壊によるものが、アルコール消毒と言えます。私たちがこれまで行ってきた感染対策は、三つの要件のどれかを妨げるという点で、大変、理に適っています。

ポール・ナースは、この著書の最後に、生命の謎の解明について「従来の自然科学の手段だけに頼っていては、そこにたどり着けない」と言っています。さらなる理解のためには、人文科学的手法も不可欠で、作家や詩人、アーティストの助けが必要だ、と言っています。

そういう訳で、次に紹介するのは、江戸時代のアーティスト、浮世絵師の歌川広重です。彼の作品に『命図』という浮世絵があります。墨で書いた「命」という文字の縦棒が長く伸びて、左右に女性が一人ずついます。左側の女性は鉋で棒の真ん中辺りを削り、右側の女性は手斧(ちょうな)で根本を削っているところです。そして、足元には削りカスが落ちています。「命」を、立っている木に見立てて、女性たちがその命を少しずつ削り取ろうとしている、という意味深な構図です。この作品の所有者は、遊び好きの男性で、この絵を手元に置いておくことによって、自らへの戒めとしたという説もあります。この絵には革新的な点が二つあります。一つは、「書」の特質である筆跡のかすれを、鉋の削り跡に見立てたこと。広重の素晴らしい想像力の成せる技が、「書」と「絵画」の融合を生み出しています。もう一つは、「命」という概念を表す文字に、「モノ」としての属性をもたらしたこと。「命」の塊を削って、人に分け与えることが出来る。これは、自然科学的な物の見方からは決して出てこない発想と言えます。

「命を分け与える」といえば、脚本家鈴木おさむの舞台『もしも命が描けたら』の中に、「命を分け与える力」が登場します。画家になる夢を持つ主人公星野月人(げっと)。母と離れ離れ、妻とも死別して、人生に疲れ、森の中で、命を断とうとします。そんな月人に三日月が語りかけ、ある力をくれます。それが、「絵を描くことで、自分の命と引き換えに、描いたものに命を与える力」です。月人は手当たりしだいに生き物を描いて、命を削っていきます。そしてある日、虹子という女性に出会い、真剣に向き合ってくれる彼女に恋をし、そこに生きる喜びを感じます。しかし、虹子には陽介という愛する人がいます。陽介は、虹子のことを裏切るような男なのですが、虹子の愛情は変わりません。そんなとき、陽介は余命一ヶ月の病に冒されます。いよいよ陽介に命の危機が訪れ、泣きながら、陽介の名前を呼ぶ虹子を見て、月人は決意します。一日だけ残して、自分の命を全て捧げて描くことを。すると奇跡が起きて、陽介が目を覚まします。月人は残りの一日を使って、虹子に「好きでした」と告白し、この世を去っていきます。劇中何度も出てくる「命を削る」というセリフによって、命を「モノ」として捉えていることが分かります。そこから命を自分のためにではなく、愛する人のために使うという発想が生まれてきます。そして、このように発想を膨らませることによって、生きることの意味がより深いものになっていきます。

さらに、生きることの意味を追究していくと「命」だけでは足りないことに気付きます。そのことを指摘しているのが、文学や宗教です。

ドイツの文豪ゲーテの作品に『ファウスト』という戯曲があります。

あらゆる学問に通じた老学者ファウスト。いくら学問を極めても「何も知ることが出来ない」ということに気付き、絶望して生きる意味を失います。そんなとき、誘惑の悪魔メフィストフェレスが近づいてきて、ファウストに望み通りの人生を送らせてやろうと持ちかけます。ただし、最高の瞬間が訪れて満足したら魂を渡すことを条件に。その時の合言葉が、「時よ止まれ、お前は美しい」です。ファウストはメフィストフェレスの力をかりて、様々な欲望を満たしていきます。肉体の若返り、美しい女性たちとの恋、お金、名声など。しかし、欲望が満たされても更なる欲望が湧いてきます。そうするうちに、夢が叶うどころか、返って不幸な結果が待ち受けています。いろいろな世界を渡り歩いた後、戦争で手柄を立てて、領地を与えられます。その土地を干拓するために老父婦に立ち退きを求めますが、失敗して老父婦は死んでしまいます。その後、ファウストは目が見えなくなります。ファウストに死期が近づいたことを知ったメフィストフェレスは、ファウストの墓の工事を始めます。工事の音を聞いたファウストは、念願の干拓工事が始まったと信じ、「時よ止まれ、お前は美しい」と叫んで、死んでしまいます。ファウストの魂はメフィストフェレスの手を逃れて、死別した妻の元へ召されていきます。

肉体的な「命」よりも「精神」の方が重視されるところが、文学的であり、宗教的なところでもあります。また、いくら個人的な欲望が満たされても訪れなかった人生最高の瞬間が、人の役に立つことが出来ると感じた途端に訪れるというところも人間の面白いところです。

What is life?』という本から始めたこの「命の旅」ですが、この書名が意味するところは「生命とは何か」であるとともに、「人生とは何か」でもあります。この旅を通して、生物としての「命」の延長線上に「精神」があり、それを意識して生きるところに、人生の醍醐味があると感じています。卒業という人生の区切りにあたり、君たちに、改めて、生きることの意味、人生の意味を深く考えて、将来充実した人生を歩んでほしいと願っています。そして、いつの日か、人生最高の瞬間を迎えたとき、叫んでほしい。「時よ止まれ、お前は美しい」と。

 

最後に、君たちには、修学旅行、体育大会、送別会という特別な時間は訪れませんでした。しかし、それに勝るとも劣らない充実した日常があったのではないかと考えています。そんな日常を象徴する瞬間を切り取った詩を贈り、この式辞を締めくくらせていただきたいと思います。

 

急げぇ、走れぇ/マジで全力16歳/

一段飛ばしで駆け上がる/油山今日も濃みどり

急げぇ、走れぇ/時々全力17歳/

余裕で階段駆け上る/小鳥が今日も鳴いている

急げぇ、走れぇ/失速気味の18歳/

体力温存駆けたふり/体育の声が響いてる

急げぇ、走れぇ/まだまだ走るの?社会人/人生階段上り下り/どんな景色があるのかな

 

春の光の中、生きることを謳歌する君たちの逞ましい姿を想い描きながら式辞とする。

 

令和四年三月一日

 

福岡県立城南高等学校

 校長 坂本 友司

 

 

<解説>

コロナ禍の影響を一番受けた学年の卒業式に当たり、この2年あまりで多くの人が意識した「命」について、何かメッセージを伝えたいという思いで、この式辞を作った。まず、ポール・ナースの著書『What is life?(生命とは何か)』は、私の行きつけの書店で見つけて、興味を持ち、特に後半部分を何度も読み返していた。シュレーディンガーの方の著書はポール・ナースの本の最初に記載があり、その関連で参考にした。『命図』は、退職校長の文集があり、大変お世話になった校長先生の文章の中にあったもの。校長としての心構えなど多くの教えを頂いていたので、原点に戻るつもりで取り上げさせていただいた。『もしも命が描けたら』は、私が聞いていたYOASOBIの曲であり、そこから、その元となった舞台作品にたどり着いた。「命を削る」という考え方が、『命図』と一致する。『ファウスト』については、「自分の命を懸命に燃やすことによってのみ人生の意味や真の幸福をつかむことができる」というテーマがあることから取り上げてみた。

「命」というテーマで関連しているものの、5つの話をどうまとめるかが難問であった。そんな時、ポール・ナースが、理系だけでなく、文系の力も必要と言っていることがヒントとなり、全体として、理系から文系への流れとすることで、統一性が生まれた。そこから、「命」から「精神」へという方向性が定まり、「生物としての命の延長線上に精神がある」という考えにたどり着いて、全体を「命の旅」とすることで、落ち着いた。

最後の『急げぇ、走れぇ』という詩については、先生たちの厳しくも温かい励ましの声を受け、階段を駆け上がる生徒たちの様子を描いてみた。本校は一年生が4階、二年生が3階、三年生が二階に教室があり、それぞれの階から見えるあるいは聞こえる風景や音を表現している。もちろん、「油山濃みどり」は校歌から取ったものであり、小鳥の鳴き声も含めて、式辞冒頭の情景描写にも反映している。最後の一節は、一階から社会へ飛び出し、新たな世界で走っている様子を描いたものである。特別なことはしてあげられなかったけれどもで、貴重な日常があったことを思い出してほしいという気持ちで書いたものである。

 

<参考文献>

・シュレーディンガー. 『生命とは何か:物理的に見た生細胞』. 岩波文庫, 2008

・ポール・ナース. 『生命とは何か』. ダイヤモンド社, 2021

・「書のモダン(上) 文字がつくる美しき景色」.日本経済新聞, 20171029

・トライストーン・エンタテイメント.“舞台 もしも命が描けたら”.
2021-07-02.https://tristone.co.jp/moshimoinochi/,(
参照2022-2-26)

・ゲーテ. 『ファウスト〈第一部〉〈第二部〉』. 岩波文庫, 1958

 

  

校長代理「シリ」による式辞解説

  •      ※動画内容は静止画です。音声のみお楽しみください。


 

 卒業証書授与 

在校生代表送辞






 








卒業生代表答辞

校歌斉唱 








 



  

 

各クラス最後のホームルームの様子

 
 

 


 


 


 

 

   

   

   




























































 

 

 

 



 


 


 


 

 


 


 

 

 


 

     
     


 ホーム
福岡県立城南高等学校
〒814-0111福岡県福岡市城南区茶山6-21-1
Tel:092-831-0986  Fax:092-823-0386
Copyright (C) 福岡県立城南高等学校. All rights reserved