福岡県立城南高等学校

学校生活・行事

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令和3年度がスタートしました!

 令和3年度が本格的に始まりました。

 4月6日(火)、新しく本校に赴任した先生の着任式、第1学期始業式が行われました。

 4月7日(水)、第58回入学式(別項の「入学式」をご覧ください)が挙行されました。

 4月8日(木)、在校生と新入生との対面式、人事異動で本校を去られた先生方の離退任式が行われました。

 

 以下、第1学期始業式の「校長式辞」を掲載します。

 

皆さん、おはようございます。本日は一学期始業式、令和三年度の始まりです。

昨年度はコロナ禍で、様々な学校行事が影響を受けましたが、今年度、文化祭はどうなるのか、体育大会は大丈夫か、送別会は観客が入れるのか、修学旅行はできるのか、など大変気になるところです。そういえば、今年の福岡・博多の夏祭り「博多祇園山笠」は、参加者全員にPCR検査をして実施の予定で、福岡市民の祭り「博多どんたく港まつり」もコロナ対策をして、縮小はしますが開催の予定と、どちらも伝統の継承という意味で、何とか工夫をして実施する方向のようです。本校にとっても伝統の継承は大切なことですので、学校行事の可能な限りの実施に力を尽くしたいと思います。

 

さて、先日、お祝い事があり、その手土産として、小さなアップルパイを頂きました。我が家の習慣として、もらったものは披露することになっていますので、他のお土産も含めて家族(妻と娘)にお披露目をいたしました。こういうときは、何故か妻が差配をします。幸い、妻はアップルパイが嫌いなので、権利放棄。娘も甘いものはあまり好まないので、「よし、よし、独り占め」と思っていたのですが、娘が「アップルパイは食べる」と言い出したので、「仕方がない。三分の一をあげよう」と提案しました。しかし、娘は2分の1を要求したので、私は大人気ないと思いながらも、「もらってきたのは私だ」と所有権を主張しました。しかし、妻が「可愛い娘が言っているのだから、公平に半分ずつね」と裁定を下し、私は、泣く泣く小さいアップルパイをさらに半分に切って、ニヤッと笑う娘に譲り渡しました。

交渉の失敗です。なぜ、こんな事態になってしまったのか。そもそも、所有権は私にあるのに、なぜ妻が管理者権限を持つのか。果たして、こういう場合の量的公平性は必要なのか。三人中、二人の意向で、確かに多数決という民主主義の原則に則った裁定ではあるが、少数者の権利は守られないのか。数々の不満を心に抱えつつ、思い浮かべた言葉は、「パワーポリティクス(=権力政治)」。イギリスの国際政治学者マーティン・ワイトが同名の著書で提唱した、「主として国際関係で使われる、軍事・経済・政治などの権力を行使あるいは背景にして、主権国家の利益を追求しようとする政策のこと」です。ということで、本日は「政治」について、話をします。

 

まず、基本的となる三つの対立軸について説明します。一つ目の軸は、右か左かです。よく、個人の政治的な態度を、右寄りとか、左寄りと言ったり、政治グループを、右派、左派と分けたりします。これらは、本来の意味から離れた相手を揶揄する表現にもなるので、注意が必要なのですが、左右の起源は、18世紀末のフランス革命にまで遡ります。フランス革命は、絶対王政を倒して国民主権の国家を成立させた市民革命ですが、革命によってできた国民会議において、議長席から見て、左に座っていたのが、急進的な革命派、右に座っていたのが旧体制を擁護する守旧派です。革命派は、新しい制度に理想を求め、視線は未来を向いています。一方、守旧派は、古い制度に理想を求め、視線は過去を向いています。

フランス革命の思想の原点は、さらに遡って17世紀、フランスの哲学者ルネ・デカルトの「我思う故に我あり」にあります。デカルトの思想の本質は「懐疑主義」、あらゆることを疑うことから始まります。世の中の全てのもの、自分自身、そして「今自分は本当にここにいるのか」という自分の存在すら疑います。そして最後に、「今自分が疑っている」ことは疑いきれないということに気づきます。疑っている自分は確かに存在する。それが「我思う故に我あり」です。そして「あり」という存在の根拠に「思う」という理性を持ってきたことが、後の歴史に大きな影響を与えます。というのも、それまでのヨーロッパでは、人間を作ったのは神であると信じられていたので、理性によって人間が存在するのであれば神がいらなくなるからです。絶対王政で王が国を統治する根拠は神が王に権限を与えたということ、所謂「王権神授説」です。理性が人間の存在の根拠を与えるとすれば、「理性は誰もが持っているので、理性の持ち主である国民こそ主権者だ」となり、その理性に適っていること、つまり合理主義がフランス革命の思想的根拠となったのです。

次に、二つ目の対立軸は、社会か個人かです。予算の配分を決めるのは政治の重要な役割ですが、世の中を回していくのに必要な費用を社会がどれくらい負担するのか、あるいは個人に任せるのか、言い換えると「大きな政府」か「小さな政府」かです。

そして、これら二つの対立軸を組み合わせると、政治体制による大まかな国家の分類ができます。左右をX軸、社会と個人をY軸にすると、左上が共産主義国家、左下が社会民主主義国家、右上が軍事政権の国家、右下が自由民主主義国家です。

ところで、右か左かという一つ目の対立軸は、現在かなり変容してきています。わかりやすい例で言えば、原発です。その昔、左派の人たちは原発の推進に積極的でした。なぜなら、核兵器の核エネルギーを発電という平和目的に利用しようという革新的な技術だったからです。しかし、現在は反対しています。環境に悪いからです。ですから、進歩主義か懐古主義か、つまり、左右で分けることがあまり意味を成さなくなり、それに変わるものが必要となります。それが三つ目の対立軸です。

三つ目は、価値観の許容度に関するもの、リベラルかパターナルかです。現代的な例でいえば、夫婦別姓に対する態度。別姓にするかどうかは、個人の判断であるから認めてよいのではないか、というのがリベラル(寛容派)の考え方で、法律で厳密に定められているのだから、それに従うべき、変えてはいけない、というのがパターナル(父権的)の考え方です。

リベラルの起源は、17世紀、キリスト教のカトリック派とプロテスタント派が争った30年戦争に遡ります。その名の通り30年も戦闘が続き、決着がつかなかったので、人々は「価値観の違いくらいで、多くの人が命を失う戦争をするのは馬鹿らしい」という考えに至り、価値観の違う相手と対立するのではなく、その違いを認め合おうという方針の転換を行ないます。それがリベラルという概念です。

一方、パターナルは、強い力を持った人間が相手の思想や価値観に介入していくという考え方です。戦前の日本の家長制度で、父親が子どもの職業や結婚、妻の行動の自由にまで、介入してくるように、国家が、個人の考え方や内面的な価値観に介入してくることです。

ということで、二つ目と三つ目の対立軸を組み合わせてみると、現代の国際関係が見えてきます。X軸にリベラルかパターナルかの軸を、Y軸に社会か個人かの軸を当てはめます。自由主義と個人主義の国家、アメリカは、左下の区分に、共産党一党支配で、国民の個人情報の管理にまで介入してくる中国は右上の区分に位置します。この二つの国は、最も離れたところに位置しているので、先日、アメリカのバイデン大統領が「民主主義と専制主義との闘い」と言っているように、互いの理解はかなり難しいと言えるでしょう。それと少し前までは、リベラルに位置する国家が政治的にも経済的にも優位であったのですが、ここ数年、特にコロナ禍のこの一年の状況を見ると、政策決定に時間がかかるリベラルな国家を出し抜いて、一気に政策が進むパターナルな国家が急激に力を付けつつあるように思います。そして、政治的に近い別の国家を出来るだけ多く味方につけ、勢力を拡大する一方で、敵対しようとする国家には、軍事力や経済力などの圧倒的な力を背景に圧力をかけるという見事なパワーポリティクスを展開しています。この21世紀の米中の覇権争いを見ていて思い浮かべたのが、小説『銀河英雄伝説』に登場する最良の専制政治と最悪の民主政治。極めて優れた指導者が統治するのであれば、絶対王政の帝国であっても民衆は幸福であるという状況の中、それでも民主主義に希望を見出そうという話が、現実の世界と重なって面白い話でした。

 

ところで、我が家の政治体制ですが、あらゆる行為への介入がある一方、リスクは個人が負うことになっているので、区分からいうと右下です。ただし、権力の行使者からいえば、パターナル(=父権的)ではなく、マターナル(=母権的)になります。アップルパイだけでなく、今や冷蔵庫に取っておいた伊予柑ゼリーも娘に脅かされています。

パワーポリティクスの観点からいえば、こんな場合とるべき手段は2つ。立場の近い国と同盟を結ぶか、自分自身が軍事力、経済力、政治力などのパワーを付けるかです。しかし、同盟を結ぼうにも他に同居の家族はいない。娘を取り込むことはどう考えても無理。考えてみれば妻による娘の囲い込み政策は秀逸でした。趣味の韓国語学習をとおして、韓国ドラマやアーティストに興味・関心を広げ、娘と一緒にライブに行ったり、韓国旅行をしたりして、共通の体験をすることによって、長年に渡る文化的同一化政策を実施していました。この同盟関係に割り込むことは絶対不可能です。残るは、自分にパワーを付けるですが、発射する核ミサイルなどの軍事力もないし、政治力も思いつきません。後は経済力ですが、そういえば今年度は私の退職の年です。ということは退職金がもらえます。過去最大の経済力であることは間違いないです。これをうまく使って一発逆転を狙いたいところですが、何となくアップルパイの二の舞になりそうな気がしないでもないです。

 

最後に、2年ぶりに博多の名物である山笠とどんたくが実施出来るような状況になり、あわせて学校行事も実施出来ることを願って、博多にわかを一つ。

「結婚式の引き出物でアップルパイば、もろうたばい」

「そりゃ、目出度い。これでオリンピックも確実たい」

「どうしてな?」

「アップルなだけに、リンゴ、リンゴ、リンゴリン、リン、五輪ですたい」

今学期、皆さんが元気で過ごせることを願って、始業の挨拶とします。

 


    
始業式の様子 坂本友司 校長式辞
 

   
「管理職着任式」 内田真司 新副校長の着任挨拶

 
着任式の様子
 

   
対面式の様子

 

※以下は、離退任式の様子です(離退任者挨拶、花束贈呈、等)

  

   
    
  








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